39歳で急死したブルースの女王

ダイナ・ワシントン(本名ルース・リー・ジョーンズ)はアラバスタ州タスカルーサに生まれた。
アメリカ合衆国のジャズシンガーで、自他共に認める「ブルースの女王」として人気を博し、ソウルフルな歌声は、幅広い方面に影響を与えました。

3歳のときシカゴへ移住し、幼少期からゴスペルの世界に身を投じ、地元の協会でピアニストとして活動しました。
15歳のとき、アマチュアコンテストにて、ポップスを歌い優勝。
1943年、ライオネル・ハンプトンの楽団に加入し、この頃から芸名のダイナ・ワシントンを名乗り出すようになりました。

Evil Gal Bluesのヒットがきっかけで本格的に新がとーしての道を歩みだした。

1945年には、自己名義でアポロ・レーベルでレコーディング、そしてマーキュリーと契約し、本格的なソロシンガーとしての道を歩み始めました。マーキュリーでは、数多くのヒットを生み出した。

1948年にAin`t MisbehavinがR&Bチャート6位を記録したのを皮切りに数多くのヒット作を生み出した。
中でも1959年の「What A Diff’rence Day Makes(日本タイトル:縁は異なもの)」は、グラミー賞も獲得しました。

私生活では8度の結婚と7度の離婚をし、2人の息子がいる。

アメリカン・フットボール選手と結婚した僅か半年後1963年12月14日睡眠薬・アルコール・やせ薬などの過剰摂取により39歳の若さでこの世を去っている。
1963年12月14日39歳でこの世を去りました。

生涯にわたってブルースを歌っていた彼女だが、デルタ・ブルースやシカゴ・ブルースという純粋なブルースではない商業音楽で活躍。
ジャズ歌手としての功績・認知のほうが大きいようである。
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